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アイホージュの庭

リラクゼーションサロンアイホージュのブログです

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その8~

前回の続きです。


所帯を持ったのだからと、私の事は私の事、配偶者の事も私の事といった感じに、配偶者の郵便物を、当たり前に開封していたRさん。


以前、配偶者から「俺の郵便物は勝手にあけないで」と言われた事があると伺いました。


いくら家族だ、配偶者だといっても、他人です。
他人の郵便物を、許可なく勝手にあけてしまうのは、トラブルのもとです。


さて。
そんなRさんの配偶者宛ての郵便物を、Rさんが「自分に必要なもの」だと勘違いして開けた所、そこには督促状が入っていました。


これは、結婚前に、配偶者に生じた支払いであり、Rさんには関係のないものです。
当然、延滞金も発生しています。


「私、こういうムダ、すごく嫌いなんです!」
配偶者の口座から引き落としが出来ずに、たまに公共料金等の督促状が届く事もあるという、苛立ちを口にするRさん。


どうなっているのか聞いても
「大丈夫。何とかするから。」
と答える配偶者。


結婚前に発生した支払いが出来ず、どうしていいのかわからないまま何年も放置した結果、督促状が来ているのだから、実際は、何ともなっていません。


延滞金もついてしまっていて、問題が大きくなっています。


前にも述べましたが、配偶者の何とかなるは「誰かが助けてくれる事」が前提であり、配偶者が何とかする訳ではありません。


・・となると、何とかするのはRさん?


うーーーん。
たぶん、そうよね。


結婚前に、お付き合いをしている頃、お金が足りない時に、「魔法のカードがあるから大丈夫!!」とRさんに言い放った、Rさんの配偶者の金銭感覚は、伺う限り、生活を共にするにはなかなか厳しいものです。


お互いがまだぎくしゃくする中、踏み込んでお金の話をする段階には全くない状態だけれど、「結婚前に生じている、利子も発生している支払いの滞り」に関しては、このまま放置しても、延滞金が増えていくだけですし、その他への影響が及ぶ可能性もあり、手を打つ必要がありました。


結果的に、Rさん先導で、この件について配偶者と話をし、共に某機関に出向き、担当者と話し合いをして、どうするかを決めて、実行してきました。


自分ではどうする事も出来ない配偶者は、ほっとしていたものの、その直後、給料日という事もあって、配偶者が自分の装飾品をカード購入してしまうというまさかのオマケが・・・



Rさんからは
「もう疲れた
マジで話す気力ゼロ
ムダな労力だ」
という実況中継メールを頂きました。


恐るべし、配偶者の「どうにかなる(実際はどうにもならないし、問題が大きくなるだけ)」という思い込み。


少し前、Rさんは、配偶者に、生活費の事、この先のお金の事、私のやりたい事について協力を求める話をしたいと言っていました。


セッションを進めていた私から見ると、配偶者の気持ちはまだ不安定で、Rさんからは離れていると感じる上に、離婚回避が完全に出来ていた訳でもありませんでした。


Rさんからお金の話が出た時に、配偶者はRさんに責められた、否定されたと感じる可能性も否めません。


Rさんご自身も、配偶者に蔑ろにされている、大事にされていない、許せないと思っている事がいくつかある状態です。


現状のまま、配偶者に協力を求める話し合いをした所で、Rさんが望むような結果を得られるよりも、関係がこじれる可能性が高いと判断していました。


その為、今回の支払いを片付けた後、しばらくは何も言わずぐっと堪えて、Rさんの内側を立て直しに専念し、Rさんの変化によって、配偶者がRさんの話す内容を、そのまま受け止められるようになってからの方が良いと思ったので、Rさんにその旨を伝えていました。


その日。
「もう疲れた
マジで話す気力ゼロ
ムダな労力だ」
とは思っていたRさん。


人は、瞬間、瞬間、色々な思い、感覚を抱きます。


同日の夜。
「家族でいられるって幸せだ」と感じていたRさんは、
今なら話しても大丈夫かもしれないと判断し「今後のお金について」口火を切ったのでした。


これは、「認めないオトナ」の、周囲囲が、表面上、Rさんの思い通り(幸せだと感じる状態)なら、物事がうまくいく(配偶やの協力が得られる)という思い込みが作動した状態です。


実際は、Rさんの思い込み通りになる所か、配偶者から、
「生活全て我慢している
気持ちがないのに一緒にいるのがつらい
でも離婚まで決められない
子供に嫌われたくない」
と返ってきた上に、距離を置きたいと言われ、配偶者が家を出ていく事になったのです。


当時、その連絡を頂いた際に、私は、うわー、Rさん、もう少し慎重に行ってええ・・・と思っていました。


いくらどこからでも立て直しをしようと思えば出来ると言っても、相手の気持ちが遠くに離れて行けばいくほど、難しさが生じるからです。


実はこの後、お二人は、互いに離婚する意思を表面化させていきます。


次回に続く

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その7~

今日は、お金(時間・労力・人間関係)の話です。


セッション前。
Rさんから「相談したい事がある」と連絡が来たのがきっかけで、事情を伺っていたのですが、改めて当時を振り返ってみると、彼女は当初、「相談」止まりで、セッションを受ける事は考えていなかったのだと思います。


Rさんから一通り話を伺った後、私は、「継続・離婚、どちらに傾くかはわからないけれど、Rさんを立て直す事で、改善の余地は十分ある」と判断し、その旨をRさんに伝えた上で、セッションをやるか・やらないかを確認しました。


ヒアリングの内容から、Rさんご夫妻に、金銭面での余裕は正直ないだろうと思っていましたし、その頃の彼女にとっては、セッションの料金は、躊躇する額だったと思われるのですが、「たぶんね、セッション料は、そのうち入ってくるから大丈夫」と話しました。


何故、私が、「大丈夫!お金は、そのうち入るから」と話をしたのかには理由があります。


「認めないオトナ」の状態では、時間・労力・お金・人間関係といった「財」のロスが多いのです。
(認めてもらう事に、時間・労力・お金・人間関係が連動するとも言えます)


自分で自分をありのまま認め満たす方法を知らない「認めないオトナ」の状態では、誰かに自分を認めてもらう事で、欲しいものが得られると言う思い込みが生じています。(実際は得られない事の方がほとんどです。)


なので、誰かに自分を認めてもらう事が、人生の目的になり、誰かに自分を認めてもらう為に、財(時間・労力・お金・人間関係)を使う事になります。


こういう背景がある為「認めないオトナ」の状態から「大人のありのまま」へ立て直す事で、まずはロスを減らすのです。


ちなみに、アイホージュでは、お金に関して、最初の段階では、
・ロスを減らす
・現在、手持ちのお金をコントロールする
事を目的に、ありのまま認める×EFTをしています。


ありのまま認め満たし続ける、この先を考えた場合。


小さいお金をコントロールできなければ、入ってくるお金も、大きなお金を持った時にもコントロールできないからです。


でも、小さいお金をコントロール出来れば、入ってくるお金も、大きなお金も、コントロールできるのです。


加えて、自分で自分をありのまま認め満たす事で、誰かに自分を認めてもらう必要がなくなると、必然的に、今まで不要に使っていた時間・労力・お金に「余裕」が生じます。


ありのままの自分に必要だと判断した時間・労力・お金は使うけれど、不要と判断したものには使わないと言った具合に、自分や自分にとって大切な人たちに、必要だと判断した時間・労力・お金を適切に使えるようになります。


Rさんは、ご自身の事を
「お金を扱うのは得意ではないけれど、相手よりは私が扱った方が良いと判断して、家計は自分が担当している」とお話になっていました。


配偶者より堅実で、行動力があるRさん。
「大人のありのまま」に立て直したら、いけると思っていたのです。


そういえば、Rさんがポツリと
「・・・配偶者の為に、お金使いたくないなあ・・」
と口にした事があるのですが、まあ、本音よね。


それはそれでよしとして。


でも、配偶者の為というより、まずはRさんの為だから!!!と話した事を、遠い昔のように懐かしく思い出しました。


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では、ここからは「認めないオトナ」の状態では、どのように時間・労力・お金・人間関係のロスが生じるのかを書きます。


改めて思い出して頂きたいのですが、ありのまま認める×EFTで言う「認めないオトナ」の「誰かに自分を認めてもらう」とは、どういう事でしょうか。


Rさんの事例で言うならば
配偶者が、本当にRさんを認めているかは関係なく
Rさんが、配偶者に認めてもらえたと感じる為に
配偶者に対して、Rさんが何も言わなくても、Rさんの思いを全て察し、Rさんの思い通りに配偶者が動く事を期待する
です。


仮に、Rさんが、配偶者に対して、無意識のうちに、ご自身を認めてもらえる事を期待して、時間・労力・お金といったものを使い、思い通りの結果に至らなければ、必然的にRさんの中では


「こんなに尽くしたのに、自分を認めてもらえない」
「これ程頑張っても、自分は評価されない」
「利用された」
「都合よく扱われた」
「大事にされていない」
「愛されていない」
「分かってもらえない」
となります。


Rさんは満たされない為、このような事を考えます。


●配偶者が何を考えているか知りたい


→配偶者の考えを察して、配偶者の期待通りに動けば、私は配偶者に愛される
(配偶者に認めてもらえるし、欲しいものを与えてもらえる!)


●どうやったら、配偶者は私の方を向いてくれるんだろう


→どうやったら、配偶者は私を認めてくれるんだろう・思い通りに動いてくれるんだろう


このような背景から、Rさんは
「■■すれば、配偶者から認めてもらえるはずだ!」
(配偶者が自分の思い通りに動くはずだ!)」


という期待をもって、■■する為に、時間・労力・お金といったものを使い、行動します。


ただ、この方法は、うまくいかない(Rさんの思い通りにならない)事が多いです。


「何で、わかってくれないの?(何で私の思いを察して、私の思い通りに動いてくれないの?)」という配偶者に対する怒りと共に、「やっぱり、自分を認めてもらえない」と感じて、少しずつ自信を失います。


仮に、うまくいった(思い通りになった)場合は、「まだ私の事を、少しでも愛してくれているのかもしれない・・」という希望になりますが、実は、落とし穴があります。


正直、うまくいこうが、うまくいかまいが、Rさんは「認めないオトナ」のループからは抜けられません。


うまくいかなかった場合は、「■■して自分を愛してもらえないのは、自分に▲▲が足りないからだ!」と言った具合に、自信を責めたり、発奮させたりします。


うまくいった場合は、「次は、配偶者の為に▲▲をやってみよう!」といった具合に、▲▲をしたら、さらに愛されるかも(思い通りに動いてくれるかも)という期待で、発奮します。


因みに、同じ事であっても、「大人のありのまま」の視点で捉えると、■■も▲▲も、配偶者に自分を認めてもらう(配偶者を思い通りに動かす事で、自分は愛されていると感じる)為に行っていると判断します。「大人のありのまま」では、配偶者の意を認めずに、一方的に自分の思い通りに動かす事を、「愛」とは呼びません。


さて、■■や▲▲をして、配偶者に認めてもらえなかった(思い通りに動いてくれなかった)場合。
Rさんは、配偶者の反応・雰囲気・言動等を思い出したり、あれこれ考えたりします。


その為、
変えられない過去に意識を向け、労力と時間を使い
今という時間を大事にできない
未来という時間を大事にできない
という流れが生じます。


加えて、相手の一挙一動に疑いのまなざしを向けるようになります。


ほら、認めてくれない。(思い通りに動いてくれない)
ほら、わかってくれない。(思い通りに動いてくれない)
ほら、私を大事にしてくれない(思い通りに動いてくれない)
ほら、またやった(思い通りに動いてくれない)
と言った具合に、被害妄想の状態になります。


この状態を、何度も積み重ねるうちに「配偶者は、私の事をわかってくれないし、大事にしてくれないし、愛してくれない事が事実である」と捉えるようになります。


だんだん、Rさんの中では、配偶者の一挙一動を捉えて、配偶者を見下したり、ばかにしたりする気持ちもうまれてきます。


こんな事もできないの?
普通、こういう場合は、こうするよね?
信じられない、こういう事、普通しないよね?



と言った具合に、まずは、Rさんの中で配偶者との関係が崩れていきます。


そのうち配偶者が何を言った所で、信用できない!と感じます。


こんな配偶者を選んだ自分がダメなんだけれど・・と自分も信用できなくなります。


我満に我慢を積み重ねて、配偶者に向けて実際に爆発した場合、関係がぎくしゃくします。


何とかしようとして、友人に「相談」を持ちかけて、時間や労力やお金や人間関係を使うけれど、ひたすら傾聴してもらった場合は、自分を満たした場合は、自分は悪くない!悪いのは配偶者だ!と配偶者に対して、強気に出てしまう。


または、友人たちにアドバイスを聞いても上の空。


私が知りたいのは、そんな事じゃない!
この状況を、一気に私の思い通りに変える為の方法を、誰か教えてよ!


という感じに、知らず知らずのうちに、時間・労力・お金・人間関係を使っているのです。


しかも、これ程に時間・労力・お金を使っているのに、関係は「崩れる・壊れる」に向かいます。


「認めないオトナ」の状態では、「内心はどう思っていてもいいから、表面上とにかく自分の思い通り」になれば良いのだから、うまくいった所で「表面上、現状維持。内心は互いにくすぶる」止まりなのです。


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ありのまま認める×EFTでは、収入を増やす取り組みをする時もあれば、しない時もあります。
(依頼内容次第です)


仮に、増やす取り組みをしようとするなら、手持ちのお金(時間・労力・人間関係)をコントロール出来る段階に辿りついてからです。


※人間関係のコントロールとは、自分と相手の違いを尊重し、必要があれば合意点を見出し、実行する事を指します。
そうしないと、ロスが大きいからです。


「認めないオトナ」の状態では、地道な取り組みでは、何も変わらない、とにかく一発逆転したい、すぐに変わりたい、変えたいという思考になっています。(認めてもらえたら、欲しいものが与えられるという所から来ています)


その為
・沢山の人に愛されるテクニック
・何もかも思い通りになる魔法
・幸運体質になる
・あなたもすぐに月収100万!1000万!
といった内容に、とても弱いのです。


少し、解説を加えます。

・沢山の人に愛される とは
→沢山の人に認めてもらえた(思い通りに動いてくれた)方が、早く自分を満たせます


・何もかも思い通り、幸運体質になる とは
→沢山の人に認めてもらえた(思い通りに動いてくれた)ら、沢山の人の思考・行動が、思い通りになり、色々叶います


あなたが、何らかの事業をして、沢山の人に愛される憧れの対象になり、沢山の人が思い通りに動いてくれる「幸運体質」なのであれば、恐らく、すぐに月収1000万になれます。


でも、この手法を使えるのは、ほんの一握りです。


大抵は、憧れの対象の収入源や満たし係(カモ)になります。


その事に気づかず、
・憧れの対象に認めてもらえれば、自分も憧れの対象のように稼げる
・だから、憧れの対象に大金をつぎ込めば、それだけ大きな見返りがある
と言った具合に思い込んでしまい、すっからかんになるまで、ゲームが続きます。
金の切れ目は、縁の切れ目です。



ありのまま認める×EFTでは、カモにならないように(これが目的じゃないのだけれど)自分がありたいように生きる為に、自分の視点・思考・感情等をありのまま認め満たしながら、(大人のありのまま)を育みます。


そして「憧れの人は、どのような立場で、どんな視点で、どんな目的があって、この話をしているのか」自分なりに考え、判断した上で、行動する力(主体性)を身に着けます。



自分の財(時間・労力・お金・人間関係)は、自分で守るのです。

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その6~

今日は、Rさんから見た、配偶者について書きます。

これまで、配偶者が問題や悩みにどのような対応をしていたのか、
エピソードを伺いました。

1・これまでの人生において、困った時には誰かが助けてくれて
何とかなっていた。

だから「何があっても、何とかなる!」という考え方の持ち主である。

2・小学生の頃、教師に大声で怒られた時、
「怒鳴られている最中、全く別の事を考えていれば大丈夫だとわかった。
だから、怒られても平気。」という話をしていた。

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まず1について説明をします。

配偶者の「何があっても、何とかなる!」は、実際に
「いつでも、どんな時でも、何があっても何とかなる」方法
なのでしょうか。

Rさんの話を掘り下げていくと、配偶者は

●現状把握が出来ない
→自分がどこで躓いているのかが、わからない

●自分がどうしたいのか、何をするのか、どこに行くのかが
わからない

→問題の解決または折り合いをつける事を先延ばしする

●時間の経過と共に、問題が大きくなるけれど、自分ではどうしていいのか
わからない

→さらに放置を続ける

●いよいよどうにもならなくなった時に、身近な人にSOSを出し、
問題を丸投げして、片づけてもらう

●見かねた周りの人たちが、配偶者に手を差し伸べてくれたり、
助けてくれたり、引き上げてくれたりするのを待つ

という事を、何があっても、何とかなる!と言っているというのが
明らかになりました。

周りの誰かや何かが、配偶者に手を差し伸べてくれる事が、
「何とかなる」条件なのであれば、
周りの誰かや何かから、手を差し伸べてもらえなければ、
いつまでたっても、何ともなりません。

時間の経過と共に問題が大きくなりますし、問題が大きくなれば、
その分、対応する時間や労力が必要ですし、負担も大きくなるのです。

配偶者のやり方は、子供の時分に成り立つ方法です。

30代の大人であるならば、自ら思考し、行動する力がない
「認めないオトナ」の状態にある
と判断せざるを得ません。

ちなみに「大人のありのまま」でいう「何があっても、何とかなる」とは

・現状把握をし、自分が、どこで躓いたのかがわかる

・躓いたところから、自分がどうしたいのか、何をするのか、
どこに行きたいのかがわかる

その上で
・言う必要のある事を言い
・聞く必要のある事を聞き
・やる必要のある事をやり
結果を待つといった、主体性をもって動く事を指します。

主体性を持つ事で、早い段階に問題に気づいて、可能な限り少ない
時間と労力で片づけられるのです。

もし、周囲にSOSを出す事があっても、上記と同じ流れで行います。

同じ「何があっても、何とかなる」であっても
「認めないオトナ」と「大人のありのまま」では、意味が全く違うのです。

次に2について、説明します。

●配偶者は小学生の頃、教師に大声で怒られた時、
「怒鳴られている最中、全く別の事を考えていれば大丈夫だとわかった。
だから、怒られても平気。」という話をしていた。

教師が、子供だった配偶者に対し
怒る事を通じて
言う事を聞かせようとした(思い通りに動かそうとした)際に
配偶者が本心を抑えて表面上、教師の言う事に従った場合

または、
教師が子供だった配偶者に対して
褒めることを通じて、言う事を聞かせようとした際に
配偶者が本心を抑えて表面上、教師の言う事に従った場合

その場における、教師の配偶者に対する評価は、
「言う事を聞く、良い子」になります。

「良い子」と褒められたり、その場を凌げたりする場合、
配偶者は無意識のうちに
「自分の本心を抑えて、表面上、教師に従ったり、合せていれば
うまくいく」と思い込みます。

成功体験を得た配偶者は、何か問題が起きる(怒られる)度に
怒っている人の言う事に、何も言わず、自分が表面上従い、
その場を凌ぎます。

成功体験が積み重なるうちに、配偶者には
自分がどうしたいのではなく、何をすれば人に自分を認めてもらえるか
(怒られないか・褒められるか)という思考・行動力が身に付きます。

仮に、配偶者が怒られている際に、教師に対して
「だって・・」
「こういう理由で・・」
と「自分が何故、そのような事をしたのか」を説明した際に
「言い訳だ!」「反抗的だ!」といった事を言われ、
話を聞いてもらえなかった場合。

配偶者は無意識のうちに
●「自分が、どうしたいのか」を自ら引き出す事がダメな事、
悪い事であると捉える
●「自分がどうしたいのか」を抑える事が良い事だと捉える
●「自分がどうしたいのか」自分の意見を持つ事が間違っていると捉える
といった事を思いながら
「聞いてもらえないくやしさ、苦しさ、悲しさ、つらさ、さみしさ」
といったものを、処理しないままに、抑え込む事になります。

日々の生活において、こういった場面は多々あります。

その度に、未処理の思いをどんどん増やして抱えたまま、配偶者は
子供の時期を経て大人になります。

人生は、1日、1日の積み重ねです。
人の成長も、一瞬、一時、一日の積み重ねです。

昨日迄「表面上、周囲に従う事で、誰かに認めてもらう」方法をうまくいくと
思い込んだまま、使い続けているのだとしたら、今日からいきなり
「自分がどうしたいのか」に沿って、主体的に動けるようにはなりません。

配偶者は、子供の頃から表面上、本心を抑えて誰かに従い続けています。

本心を抑える事が良いと思っているので、自分がどうしたいのか(本心)を
自ら引き出す力が育っていません。

自分がどうしたいのかを自ら引き出せなければ、当然、何をする必要があるのか
どこに行きたいのかもわかりません。

その為、
・言う必要のある事がわからず、言う必要のある事を言えない
→言わなくて良い事を言う

・聞く必要のある事がわからず、聞く必要のある事を聞けない
→聞かなくて良い事を聞く

・やる必要のある事がわからず、やる必要のある事が出来ない
→的はずれな事をする、何もしない

という事が起こり、自ら問題を大きくする動きに出るのです。

また、最初に述べた通り、配偶者は問題が起きても、現状把握が出来ない上に、
主体的に動けません。

よって、躓いた事に気づいて、自分を立て直す事が出来ません。

「何があっても何とかなる!」と思いながら
来るか来ないかわからない助けを待つのか。
配偶者が困っているのをRさんが察して、Rさんが動いてくれるのを待つのか。

・・・誰も来なかったら、どうするのでしょうね。

さて。
今、大人になった配偶者に、ありのままのあなた(配偶者)で良いんだよと
言ったとしましょう。

配偶者は
「自分が、どうしたいのか」を自ら引き出す事がダメな事、悪い事である
「自分がどうしたいのか」を抑える事が良い事だ
「自分がどうしたいのか」自分の意見を持つ事が間違っている
という経験を積み重ねているのだから、無意識のうちに、
ありのままの自分を表に出したら、周囲に否定される!嫌われる!と感じる
状態にあります。

でも、反対に、ありのままの自分を抑えたら、その場が凌げた、褒められた、
自分の欲しいものが得られたといった成功体験(思い込み)がいっぱいあります。

ありのままの自分を表に出したい
でも、嫌われるのが怖いから出せない
嫌われるくらいなら、ありのままの自分を表に出すのを我慢しよう
我満して、その場を凌いだ
モヤモヤした思いが、積み重なっていく
でも、どうしようもない
見なければいいんだ


どんどん、悪循環にはまっていく事を「何とかなる」と思ったまま、
配偶者の我満大会は、この先も続きます。

我満は美徳と言いますが、
「我満した結果、問題が大きくなる上に、自分が苦しい」のであれば
この我慢は、本当に美徳なのでしょうか。

(「大人のありのまま」と「認めないオトナ」では同じ我慢でも、
意味が全く違います。)

そんな訳で、Rさんが、
「何で、~してくれないの」
=私の思いを察して、私の思い通りに動いて、私の事を愛している、
大事にしているって感じさせてよ!安心させてよ!
と訴えた所で

配偶者は、表面上、Rさんの言う事に従ったり(我慢する)
話を聞いているフリをしてはいるけれど、心ここにあらずの状態で
ある上に、言う必要のある事を言えず、自分を抑えています。

何か言われる度に、内心、俺、どんなに頑張っても否定されっぱなしと
感じます。

俺、家の中では、自分を認めてもらえない。居場所がない。

そう感じた場合は、外に癒し(認めてもらう)を求めるのは
当然の流れです。

でも、彼は自らRさんとの関係回復の為に動ける状態にはありません。

外へ癒しを求めるのは
「何とか表面上、平穏にRさんとの婚姻関係を保つ」為
なのだと思われます。

ですが、Rさんは配偶者が外に癒しを求めると、自分の存在を蔑ろにされた、
否定されたと感じます。

こういう流れが、日常にあるというのは互いにとってストレスです。

女性の場合、
「男性に引っ張ってもらいたい」という思いを抱く事があります。

Rさんの場合、配偶者の年齢が少し上なので、何となく、配偶者に引っ張って
もらいたい気持ちを持っていました。

Rさんは空回りをしてはいるものの、行動力のある方です。

配偶者は、その場凌ぎか、何もせずに周りが変わるのを待つタイプです。

Rさんが主体的に関係を修復したり、物事を進めたりする方が良いと判断しました。

配偶者の「認めないオトナ」の対応は、人によってちょっとした癖がありますが
基本的な動きはパターン化しています。

Rさんが配偶者のパターンを理解するならば、対応がしやすくなりますし、
Rさんの対応によって、配偶者の反応は変わってきます。

ただし、配偶者が「認めないオトナ」に居座り続けようとするならば、
お二人の関係は壊れます。

この先どうなるのかは、配偶者が、Rさんについてこられるかどうかが
カギとなります。

次回に続きます。

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その5~

今日は「誰かに自分を認めてもらいたい」と多くの人が欲するけれど
実は、塩梅が非常に難しいという話です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて。
Rさんが、「自分で自分をありのまま認め満たす」取り組みを始めて、
すぐの辺りの頃。

このようなメールをいただいた事がありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりの友人たちとの集まりに出かけた際、
ちょっと旦那と色々あったという話をした時に
(あまり話したくなかったので、深く話はしなかったけれど)

私の友達は、私を思ってくれるのはわかるけど
大抵は、配偶者の事を悪く言うんです。

それに対して、悲しい、旦那は悪くない、でも旦那はダメなのかな、
旦那から離れた方がいいのかなとか、複雑でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも、Rさん、何をしたかったのでしょう。

自分がどうしたいのかを意識する・しないにかかわらず、Rさんは
●何らかの理由によって
●何かが欲しいとRさんが思ったから
●欲しい物を得るために
●友達に話をしている
のです。

あまり話したくないと思ったのに
夫婦間で起きていることを
わざわざ第三者である友達に話して迄
Rさんが、得たいと思っていたもの
あるいは、得られると思ったものは、何だったのでしょう。

それは「友人たちに、私の事を認めてほしい」という事です。

誰かに自分を認めてもらう事には、2種類あります。

1・学業、仕事等、取り組みに対する他者からの評価
2・自分の思考・言動等を他者に肯定してもらうこと

ここでいう「私を認めてほしい」は、2を指しています。

2の状態は、本来、子供がやる事です。
大人がやる事ではありません。

小さな子供は、周囲の大人たちとの言葉を使ったコミュニケーションを通じて
2の「誰かに自分を認めてもらう」状態から、
少しずつ自分で自分の思考・言動等をありのまま認める事を
身に着ける必要があります。

その過程で、
自分で自分をありのまま認める事を通じて
自分はどうしたいのか
自分が望むところへ行く為に
何をする必要があるのか
といった主体的に思考・行動する力を、少しずつ積み重ねながら大人になります。

大人になればなる程、積み重ねた力が大きくなります。
発揮する力も当然、大きくなります。

ところが、肝心の大人が、2・「誰かに自分を認めてもらう」必要があって
「大人のありのまま」を身につけていない場合。

子を自分を思い通りに動かす事を通じて、子に自分を認めてもらう動きが出ます。

子は子で、大人に認められる為に、自分の意見を抑えます。

子は、自分の意見を言ったり、持ったりしてはだめだけれど、
自分の意見を抑えて、大人の言う事を聞いたら褒められた、
ご褒美がもらえたといった経験によって

「ありのままの自分の意見は抑えて我満して、大人に従いさえすれば、
自分を認めてもらえる上に、欲しいものをもらえる。」
という思考・行動する力(問題の解決方法)を身に着けます。

この方法を、色々な場面で応用しながら大人になった場合。

知識を身に着け、体も大人になった状態なのに、問題や悩みに対応する際には
「自分の意見を抑えて、あなたの意見に表面上、従ったのだから、
あなたは私が何も言わなくても私が我慢している事を察して、
私の我満を認めてくれると共に、欲しいものを与えてくれるのが当然だ!」
振る舞う事になります。

Rさんの場合。
セッション前、自分で自分をありのまま認め満たす事が
身についていなかったので、
誰かに自分を認めてもらう必要がありました。

Rさんが多くを語らずとも、
友人たちが、Rさんの思いを何となく察して、
・Rは悪くない
・可哀想に
・大変だね
・よく頑張っているね
といった具合に、ひたすら同意してくれたり、聞いてくれたり、
Rさんが漠然と思い描いた反応を、友人たちからもらう事で、
Rさんは、友人たちに認めてもらえたと判断します。

誰か一人に認めてもらうよりも
多数の友人たちにRさんの思いを認めてもらう方が、
手っ取り早く、自分を満たす事が出来ます。

Rさんは、周りの友達によって「一気に自分を満たせた」時に、
次の段階に進みます。

次の段階で、Rさんから出てきたのは
「私を思ってくれるのはわかるけど、大抵は、配偶者の事を悪く言うんです。
それに対して、悲しい、旦那は悪くない、でも旦那はダメなのかな、
旦那から離れた方がいいのかなとか、複雑でした。」
です。

なぜ、友人たちは、Rさんの配偶者を悪く言ったのでしょうか?

Rさんが、あまり話したくないと思ったのだから、夫婦間で起きていることを
友人たちに話さなければ、そもそも、悪く言われる事はありません。

Rさんが、ご自身が何を欲しいのかわからないまま、友人たちに話をし、
配偶者の悪く言われるような展開に仕向けたのが誤算です。

Rさんは、友人たちに、自分の言い分を認めてもらって、味方をしてくれる
止まりであって欲しかったのだと思います。

ただただ、Rさんの話す事に、
うんうん、そうだね、あなたは悪くない
と言った事を、友人たちに言ってもらうに留めてほしかった。

友人たちは、Rさんが、何を求めているのか何となく察したとしても、
具体的にはわかりません。

Rさんは「認めないオトナ」の状態にあったにせよ、大人の対応をする事は
出来ます。

それは、ご自身が欲しいものをわかっていた上で、欲しいものを提示する事です。

「とにかく、私の事を認めてほしい」という事を、自らわかっていたのであれば、

友人たちに
「今から、配偶者とうまくいっていない話をしたい。
私の話す内容を聞いて、あれこれ言いたくなると思うんだけれど、言わずに
私の話、ひたすらうんうん聞いて欲しい。
そうしたら、私、落ち着くから。お願いしてもいい?」
と言って、お願いすれば良いのです。

そうすれば、Rさんは聞いてもらってすっきりします。

友人たちにも、
「聞いてくれてありがとう。みんなのおかげですっきりした、助かったー」
と言えますし、友人たちもRさんの役に立てて、良かったと思うでしょう。

ただし、これは、Rさんが欲しいものを提示した際、
友人たちがRさんの話を聞く事に、同意してくれる事が条件です。

友人たちが同意していないのに、
「友達だから、私が困っているのだから、話を聞いてくれるのが当然だ。
私がこんなに困っているのに、聞いてくれないなんて、ひどい。」
と、ぶつけてはいけません。

同意してもらえないのは、Rさんを否定している訳ではありません。

友人が、その話を聞きたくないのだとしたら、聞きたくないと思っている事を
尊重します。

お互いの交友関係を壊さない為に、話を聞いてくれる、別の人を探した方が良いです。

いくら同意してくれるといっても、常に一人にお願いし続ける場合、
相手の負担になるので、話を聞いてもらう人は、複数いる方が良いです。

忘れないでほしいのは、聞き手は、友人であり、他人であり、
「Rさんの思い通りに動かして良い人」ではありません。

自分を認めてもらう為に、話を聞いてもらう事は、友人の人生の貴重な時間や
労力を使う行為でもあります。

仮に、Rさんが、友人たちにひたすら自分を認めてもらえて、自分を満たせたと
思っても、安心してばかりはいられません。

人間というのはなかなか勝手です。

友人たちに、いっぱい認めてもらえたと感じているのに、
ひたすら同意ばかりされ続けると、今度は、
「ちょっと、うんうんうんうんばかり言っているけれど、
私の話、ちゃんと聞いてる?真剣に聞いていないでしょ?」
と言った具合に、友人たちに不満を抱きかねません。

加えて、「認めないオトナ」の状態では、
友人たちが、Rさんとは別意見を言おうものなら、
(友人たちに、自分をわかってもらえない、自分を否定された)に繋がっていきます。

前にも触れましたが、私は、セッション中、クライアントさんが友人たちといった
第三者に相談しないようにしてほしいと伝えています。

一番は、自分で自分を満たす力をつけていく必要があるからです。

また、誰かの意見に従えばうまくいくという思い込みから、
仮に友人たちが口々に「わかれた方が良いよ」と言った場合、鵜呑みにする動きも
出かねないので、注意が必要なのです。

もし、どうしても友人に話したいなら、自分が欲しいものをわかって話す事。
自分の意見をしっかり持つ事。

それから、これから書く事に十分留意する事。

落とし穴があるのです。

友人たちが、Rさんの思い通りに話を聞いてくれていた場合、Rさんは
「何だか安心した、これで何とかなりそうな気がする、頑張れそうな気がする」
という高揚感を得ます。

「認めないオトナ」の状態では、
「私は、認めてもらえたのだから、欲しい何かが得られるはずだ」
という無意識の思いが、生じます。

Rさんの事例でいうならば、
「(友人たちが、私を認めてくれたのだから)私、何か頑張れそう
(この先、何とか離婚は回避できそう)」
と言った、高揚感が湧きます。

ただ、あくまで高揚感止まりです。

現状において、Rさんは、
●友人たちに話を聞いてもらった
●高揚感を得た
までです。

離婚回避について、具体的な対応は何もしていません。

この高揚感が、次なるトラブルの引き金にならないとも限りません。

Rさんの状態は、
「配偶者が思い通りに動く事で、愛されている、大事にされている、
わかってもらえる、受け入れてもらえている」
といった状態になっています。

ここで、友人たちとの集まりに出た事により、
「友達が(私の思い通りに話を聞いてくれた事で)私のつらさをわかってくれた。
だから、配偶者も、本当に私の事を好きなら、
私の思いをわかって変わってくれるはずだ。」
という思いに至る可能性が高いのです。

そうなると、前回も述べたように、Rさんは、
自覚なきまま、配偶者を自分の思い通りに動かそうと仕向けます。

配偶者は「どんなに頑張っても、俺否定されっぱなし」となり、
離婚の可能性が、上がるのです。

と言う事で。

「誰かに認めてもらいたい」状態では、ひたすら傾聴&ひたすら同意を望みます。

ですが、実際にそれで満足するのは一時であり、少しばかりの安堵や高揚感を
得るまでであり、現実は何も変わりません。
それをわかっている必要があります。

安堵や高揚感を得た段階で、これらを利用し、必要な次のステップに進めたら
いいのですが、いかんせん「大人のありのまま」の自分がどうしたいのかに
沿って考える力・行動する力が、身についていません。

自分で自分をありのまま認め満たしていたら、自分の思考・言動次第で
現状を立て直せる事は結構あります。

ですが、「誰かに認めてもらう」場合、
自分の人生は、常に誰かの動き次第になってしまうのです。

これに気が付けなければ
「認めてもらえたら、ご褒美がもらえる、現実が変わる」
という思い込みのもと、誰かや何かが自分の思い通りに変わる事を期待しながら、
それが一向に起こらない事、現状が悪化する事に、
なぜこんなに頑張っているのにうまくいかないのかと失望してしまうのです。

「誰かに自分を認めてもらう」という事については、
「認めてもらえる」部分だけに意識が向きがちですが
全体で眺めると、他人と自分との塩梅が非常に難しく、
トラブルを招きやすいのです。

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その4~

セッション中、
「何故かわからないけれど、小さい頃の事を思い出した」
とお話になるクライアントさんは、とても多いです。

このような発言が出るのは、決まって、
現在の問題の対応方法(「認めないオトナ」の対応方法)では、うまくいかない事を
クライアントさん自ら気付くように、EFTをしている時なのです。

こういった時、私・伊藤は、クライアントさんに生じている
●現在の問題(出来事)
●思い出した小さい頃の出来事
を比較します。

その際に
●出来事そのもの
●出来事に対する、Rさんの視点・思考・言動(物事への対応方法)
の2点を、チェックしています。

●現在の問題
●思い出した、小さい頃の出来事
そのものを比べる場合、時代、登場人物、起きている事等に、表立った共通点は見つかりません。

ところが、
●現在の問題に対応する、クライアントさんの視点・思考・言動(物事への対応方法) 
●小さい頃の出来事に対応する、クライアントさんの視点・思考・言動(物事の対応方法)
で比較すると、2つの共通点が出てくるのです。

1・小さい頃と、現在の出来事に対応するクライアントさん達の動きが
「認めないオトナ」の状態であること

2・「認めないオトナ」の状態で対応した結果
・小さい頃は、うまくいった(その場を凌げた)と感じている
・現在は、うまくいかないと感じていること

もし
●小さい頃
●現在
共に、「認めないオトナ」の状態で、対応しているのであれば、当然
●小さい頃から、現在に至る迄の間
も、同じ「認めないオトナ」の状態で、対応しています。

●過去、現在から続く、未来
も、同じ「認めないオトナ」の状態で、対応する事になります。

長年に渡り、「認めないオトナ」の状態で対応する事を強化した結果、
クライアントさんには、ある問題が生じています。

それは、「大人のありのまま」の、
本当の所、自分はどうしたいのか
どこに行きたいのか
その為に何をするのかといった
思考した事を、実際の行動に繋げ、望むものを自ら得ていく為の
・思考・感情の整理
・問題・悩みの対応方法
・やる必要のある事をやる・やりたい事をやる
土台を形成したり、育んだりする機会を失ったまま、大人になったと言う事です。

Rさんの事例で言うならば、
一時、EFTを使い「大人のありのまま」の対応で、離婚を回避した所で、
実生活に戻り、今までと同じ「認めないオトナ」の状態で対応し続けたら、
そう遠くないうちに、再び離婚話が浮上するという事です。

そうならない為に、Rさんが、根本的に対応しようとするならば、何が必要でしょうか。

Rさんが、ご自身の
・「認めないオトナ」の対応が、どのようなものかを知り、
・「認めないオトナ」の対応方法を使おうとする自分が出てくる度に、気づいて
・「大人のありのまま」の対応へと立て直す
事なのです。

これは、
・ありのままの自分でいたら、周りに嫌われるから(認めてもらえないから)
ありのままの自分でいてはいけないと思いこんでいたけれど
・実際の所、ありのままの自分を否定しても、何もうまくいかない
・だから、ありのままの自分で大丈夫だ
というプロセスであり、ありのまま認める×EFTの取り組みです。

このプロセスに慣れる過程には、トライ&エラーが生じます。

トライ&エラーを積み重ねながら
・Rさんなりの、「大人のありのまま」の対応方法や境界線を確立する
・立て直しのスピードを上げる
・自分はどうしたいのか、どこに行くのか、何をする必要があるのか思考し、
思考を、実際の行動に繋げ、新しい結果を得る力を身に着けていく
のです。

以前も書きましたが、このプロセスは、口頭説明だけでは、理解も対応もできない事がほとんどです。

その為、必要なポイントを押さえた上で、EFTの手法を用いています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、ここから、Rさんの事例に入ります。

Rさんはご自身が育った家庭を、どのように見ていたのでしょう。

Rさんは、昔、とある大人から、家庭事情について「可哀想だね」と言われたと言います。

ただ、本人としては、全くそうは思っていなくて
「そうか、私って可哀想なのか」と思ったとのことでした。

そこからなのか、周りからかわいそうと言われて、頑張る自分が好き というのが
あるかもしれないと言う事をお話し下さいました。

【Rさんから見た、Rさんのお母さまについて】

「母は、父の言いなりで、幸せそうには全然見えないと感じていました。
だから、私が配偶者と一緒に幸せになる為には、絶対に母の様に、配偶者の言いなりにはならないと思っていました。」


【Rさんから見た、Rさんのお父さまについて】
「父は、家事や育児に非協力的だったと感じていて、そんな父を尊敬出来ないと思っていました。
だから、私が、父を尊敬する為には、父が家事や育児に協力的である必要があると思い込んでいました。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Rさんは、配偶者が、父と同じく、家事や育児に非協力的だと感じていました。

実際の所、Rさんの配偶者は、家事・育児に非協力的な方ではありませんでした。

配偶者なりに家事や育児をしていたのです。

ただし。
配偶者は、Rさんの思い通りに、動いていませんでした。

どれだけ、配偶者なりに家事・育児をしていたとしても
配偶者が、Rさんの思い通りに動いていなければ
「認めないオトナ」の状態にあるRさんは
「配偶者は、家事や育児をしてくれない、非協力的だ」と捉えます。

ですが、Rさんは、配偶者がRさんの思い通りに家事・育児が出来て初めて
「配偶者は、家事・育児をした(配偶者に認めてもらえた)」とご自身が捉えている事には、
一切、気づいていません。

なので、配偶者が、実際は、家事や育児をしているのに、
Rさんの思い通りに動かなかった事で、
配偶者が、家事や育児をしてくれないと捉えて、
自分の子供が、過去の自分のように配偶者(子供から見た父親)を尊敬できなくなる事を恐れました。

子供が配偶者を父として、尊敬できるようにする為には、どうしたらいいのか。

何としても、私は、配偶者に家事や育児をさせる必要がある!
配偶者に負けないように、私の言うことを聞かせる必要がある!
(何としても、自分の思い通りに、配偶者を動かして、家事や育児をするようにさせる必要がある!)
と思い込んだのです。

そんなRさんは、配偶者に向かって
「お金もないし、手伝いもしないし、用無し!」と言った事があるとお話になりました。

配偶者にそう伝える事で、
配偶者がRさんの大変さを理解して、頑張って、お金を稼いで、家事や育児もして、
Rさんの理想の夫(思い通りの夫)になってくれると期待していたのです。

※この動き、私を認めてくれて、私の欲しいものを全て与えてくれる です。

Rさんが、「認めないオトナ」の状態では、このように思うのも当然なのですが、
私・伊藤は、Rさんの理想の夫が引き寄せられる為のEFTはしません。

何故かというと、配偶者側から見たRさんの動きは
「俺、どんなに頑張っても否定されっぱなし」と感じるものです。

仮に、俺、どんなに頑張っても否定されっぱなしと感じる状態にある配偶者が
さらに頑張って、Rさんの大変さを理解し、頑張って、お金を稼いで、家事や育児もする、
「Rさんの思い通りの夫」になる事は、果たして
Rさんの為になるのでしょうか?
配偶者の為になるのでしょうか?

どちらの為にもならないのです。

仮に、Rさんの望みが叶った場合、Rさんはエスカレートします。
次々と理想の配偶者像を、配偶者に求めます。

そうなると、配偶者は、さらに「頑張っても頑張っても、俺、否定されっぱなし」
という状態になります。

配偶者の我慢の上で、関係が成り立っているのであれば、
我慢が爆発した時には、かなり関係が崩れてていると言えます。

でも、我慢しているのは、配偶者ばかりではありません。

Rさんもまた、頑張っているのに、理想像とは程遠い配偶者に腹を立てつつ、我慢しているのです。

Rさんが配偶者に対して、理想像を求めた所で、Rさんは絶対に満足しません。

これについては次回説明しますが、自分で自分を認め満たさない限り、自分を満たせる事はないのです。

まず、彼女が実生活において、やる必要のある事は、
・配偶者へ、離婚届を突き付けた事に対する謝罪
・離婚をしたくない、立て直したい旨を伝える
なのですが、

「認めないオトナ」のままでは、
配偶者が悪い
配偶者に不信感もある
愛されていないと不安になっている
配偶者を見下している
といった状態にある為、とてもではありませんが、出来る事ではありません。

その為、
・自分の感情をありのまま認め満たす
作業から開始しました。

そこで、Rさんの中に生じた変化がありました。
変化は、→で表しています。

●実母に対して、
私が何も言わなくても、
私が何を望んでいるのか全て察して、
私が欲しい物を与えてほしいと思って対応していた自分に気づいた

→実現不可能である。言わなきゃわからないと気付いた。
実母に求めていた事を、配偶者に求めていた

●実父に対して、家事・育児に非協力的だと思っていた

→実父なりに、家族の為に頑張っていると気付いた
実父に求めていた事を、配偶者に求めていた

●実父母に対して、私が感じていた不満から、理想の配偶者像を作り上げ、それに配偶者が当てはまるように仕向けていた

・配偶者が、家事・育児をしてくれない

→配偶者が、家事や育児をしていない訳ではなく、配偶者なりに、家事や育児をしている事や、家族の為に頑張っている

・配偶者は、子が尊敬できる父であってほしい。だから、私の思い通りに育児・家事をして、理想の父であってほしい。

→私の理想像通りに配偶者が育児・家事をしたからといって、子が実際に、配偶者を父として尊敬するかどうかはわからない。
子がどのように父を尊敬するのかは、子が決める事であり、Rさんが決める事ではない。

●実父母と配偶者は、自分と同じ事を思い考え行動すると思い込んでいた

→実父母も配偶者も、それぞれ全く別な人間であり、違う考えを持っている事に気づいた

セッションの取り組みによって、視点が少し変わったRさん

「私は、この先、配偶者と一緒に暮らしていく為に、変わる自信がある!!!
配偶者に、これまで、ひどい事をしてきたのを謝罪して、
私は変わったという事を、配偶者に伝えたい!!!」
と言い出しました。


え?
まだやめでけれ?
早まらないでけれ?
危険を冒さないでけれ?
私・伊藤はそう思いました。

「認めないオトナ」から「大人のありのまま」へ移行する作業をする事で、現状が何も変わらないのに、
周りの景色が今までとは違って見えるという状態になり、変わった気になるのはわかるのです。

でも、「認めないオトナ」の状態は、簡単には変わりません。

加えて「認めないオトナ」の「私の思い通りに動いて、私を認めて!」の対応パターンは、
Rさんが思っている以上に、頻繁に出てくるのです。

しかも、Rさんがが気づかないうちに。

この時点で、Rさんが、それに毎回気づいて立て直せる状態にはありません。

私、変わります!と言った所で、変わらないRさんの対応が出てきた場合、配偶者から
「変わる変わるって言ったって、結局、変わっていないよね」と言われるのが目に見えていたので、
その旨をお話ししました。

Rさんから、話を聞けば聞くほど、ヘタに動く事が命取りになるように感じていた私は、
今の時点で、配偶者に対して、やる必要のある事をやった後は
セッションとRさんご自身の、ありのまま認め満たす作業を淡々と積み重ねながら
虎視眈々と、離婚回避&関係の改善を進めるのが良いのではないかと、この時、思っていたのです。

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その3~

前回
Rさんは必然的に、愛されていると感じる事が不足します。

Rさんは配偶者の一挙一動を通じて、配偶者から、
・お前(Rさん)のことをもう愛していない。
・お前と一緒に過ごしても楽しくない。
・お前とは仕方なく一緒にいる。
・お前のことが嫌いだ。
と言われていると感じるようになっていたのです。

と書きましたが、これは、どういうことなのか説明します。

Rさんの実例ですが、配偶者が仕事を終え、夜遅くに帰宅し、ずっとスマートフォンを触っていました。

Rさんは、その配偶者の姿を見て
「私が目の前にいるというにずっとスマホするなんて、私と一緒に過ごすのが嫌なんだ!
私と話したくないんだ。もう私の事、愛していないんだ。」
と感じていました。

この状態を改善しようとして、Rさんが配偶者にかけた言葉は、
「何でスマホばかり見るの?」

「何で?」と言われても、配偶者は「何で?」と言われている意味がわかりません。

残念ながら改善の試みは、Rさんにとって、
「自分が二人の関係を改善したいと思って頑張っても、配偶者がわかってくれない」
と感じる結果に至る事がほとんどです。

Rさんが感じる「配偶者がわかってくれない」に込められた意味は、以下の通りです。

「配偶者が私の事を本当に愛しているなら、大事に思うなら、
私が何も言わなくても、私が関係を改善したいと思っている事を全て察してくれて、
協力してくれるはず(私の思い通りに動いてくれるはず)なのに、
何でスマホばかり見ているの?
スマホばかり見ていると言う事は、私の事、もう愛していないんだ!」
です。

配偶者が、Rさんをもう愛していないと感じる関係を立て直す為に
Rさんが配偶者に「何でスマホばかりみているの?」と働きかけた結果
配偶者は私の事をもう愛していないと感じるのであれば、この対応は不毛で、やり損です。

労力・時間のムダです。

じゃあ、どうしましょうか。

この状態を立て直す為には、まず、Rさんが「事実」と「自分の思考(や感情等)」の区別を
自らつけられるようにする必要があります。

「大人のありのまま」では、
・配偶者がスマホを見ている
・私は、愛されている(愛されていない)
は、全く別ものなので、一緒くたにしません。

ですが、「認めないオトナ」の状態では、
・配偶者がスマホを見ている→私は愛されない
・配偶者がスマホを見ずに、私と一緒に過ごしている→私は愛される
になっています。

この区別が出来なければ、この先、必要な対応が出来ません。

実はこれ、口頭説明したところで、理解しづらいので、ありのまま認める×EFTを使って、
Rさんが自ら区別出来るように落とし込んでいきます。

配偶者がRさんに対して「気持ちが全くない」と思っている事を、知人にメールで送っていたのは、事実です。

でも、Rさんの目の前でスマートフォンをしている姿を通じて、配偶者が、本当に
・Rと一緒に過ごすのが嫌だ
・話したくない
・愛していない
のだから、R、俺の思いを何も言わなくても雰囲気でわかれよ!と訴えているかどうかは、
配偶者にしかわからない事です。

こういう状態にある場合、Rさんが気になるのは
「配偶者は、本当の所、私の事をどう思っているのだろう」です。

配偶者に聞いたとしても、正直に答えるとは限りません。

仮に、配偶者から「Rと話したくないなんて、思っていないよ。Rの事、愛しているよ」と言われたとしたら、どうでしょう。

Rさんは「嘘つき!知人に、私に気持ちが全くないって送っていた癖に。」と思うかもしれません。

では、配偶者から「うん、愛していないし、話したくない」と言われたら、どうでしょう。

Rさんは、「本心でそう思っていても、傷つくから、言うなよ」と思うかもしれません。

そう思うのであれば、最初から聞きたくない事を配偶者に聞くなって話です。

という事で「配偶者が自分をどう思っているのか」を聞いた所で、
Rさんが安心する事も、満たされる事も、納得する事もありません。

ムダに時間と労力を費やした結果、疲弊したり、傷ついたり・・・これも、不毛な対応です。

もし、Rさんが、配偶者の動きによって、満たされようとするならば、前回述べた通り、
配偶者がRさんと接している間中、常にRさんの思い通りに動く必要があります。

ただ、これは、実現不可能ですし、
Rさんの人生が満たされるかどうかは、いつでも配偶者の動き次第になります。

Rさんに必要なのは
「Rさんと接している間中、配偶者がRさんの思い通りに動いて、Rさんを満たしてくれる事」ではありません。

自分が何をどう思い、何をしたいのか、何をする必要があるのか「自分」に、意識を向ける必要があります。

その為に、自分で自分をありのまま認め満たすのです。

さて。
自分で自分をありのまま認め満たすにあたり、Rさんが、
「私が目の前にいるというに、配偶者がスマホ見ているなんて、私と一緒に過ごすのが嫌なんだ!
私と話したくないんだ。もう私の事、愛していないんだ。」と思う理由を探ります。

人は、理由のない行動はしません。

理由は色々あると思うのですが、結構多いのは、
「仲の良い夫婦は、仕事から帰ってきたら、今日あった事や、色々な事を互いに話し合う」
といった、雑誌、テレビ、ネット等の情報から来る、無意識の思い込みがあって
・色々な事を話し合えないから、私たちは、うまくいかない
・色々な事を話し合えたら、私たちはうまくいく
と捉えているケース。

じゃあ、本当にいろいろな事を話し合いさえすれば、Rさん夫婦は、うまくいくのでしょうか。

答えは、「NO」です。

「認めないオトナ」の状態にある場合
「内心どう思っていようが、Rさんと配偶者は表面上、同じ意見になる」事が、
互いを認め満たしあう条件となります。

互いに同じ意見であれば「配偶者が自分の思い通りに動いた=わかってもらえている、愛されている」に繋がる為、
安心できるのです。

なので、話し合いにおいて、Rさんと配偶者との間に意見の違いが生じた場合、
Rさんは、配偶者に自分を認めてもらえない、否定された、愛されていない、大事にされていないと言った事を感じます。

Rさんには
・配偶者は、私の思いを察して、私の思い通りに動くのが当然だと訴える
・何で、私の思い通りに動いてくれないの?と不満を訴える
・私の方が正しいと訴える
・私を認めてと訴える
・もしくは、自分の意見を抑えて、配偶者に表面上従う
といった動きが出ます。

仮に配偶者も「認めないオトナ」であるならば、Rさんと同じ状態で、話し合いをする事になります。

先程も述べた通り、互いに同じ意見であるならば、問題はありません。

ですが、意見の違いが生じた場合は、話し合いの結果
・言い争いをして、平行線になる
・どちらかが、我慢して、表面上どちらかに従う
のどちらかになります。

Rさんご夫妻の場合、最初の段階では、配偶者が我慢して、Rさんに表面上従う動きが出ていました。

この場合、Rさんは、一時だけ満足します。

ですが、配偶者は、Rさんに表面上従っても、内心は何も納得していません。
その場を凌いだだけです。

その為、Rさんの意見に、配偶者が実際に従うのかというと、従わない事がほとんどです。

そうするとRさんの中で、配偶者は言った事を守らない、信用ならない人間だと感じたり、
自分を大切にしてもらえないと感じて、配偶者を責めます。

配偶者は配偶者で、自分は我慢しているのに、いつもRは自分を責めるといった具合に、
Rさんに自分を否定されたと感じて、家庭に居場所を失います。

結果的に配偶者は、別の誰かや何かに癒しを求め、Rさんを蔑ろにする事に繋がります。

頭では、「私と配偶者は違う存在であり、意見が違うのは当然だ」とわかっていても、
これが実際に出来ているかどうかは、別です。

Rさんは、配偶者と色々話し合いながら、関係を深めていきたかったのです。

なのに「認めないオトナ」の状態に陥っているが故に、関係を深めようとすればするほど

「自分も相手も皆、互いの認め満たしあいが必要であるが故に、
表面上、一つにまとまろうとして、それが出来ない相手を批判し、
自分や周りと同じにさせようとする」といった、苛めと同じ動きが生じるのです。

「私と配偶者が常に同じであるかどうか」に意識を向けるのであれば、双方とも、視野も思考も広がりません。
互いが違う事により、自分や相手を否定する事になるので、関係に緊張や苦痛が伴います。

「大人のありのまま」で言う、話し合いとは、
・自分の意見の存在をありのまま認めた上で、
・相手の意見の存在をありのまま認め、
・必要があれば、互いの合意点を見出し
・互いの納得の上で、合意点を実行する
事を指します。

仮に、合意点が見つからなければ、合意しない事に互いが合意した となります。

互いの違いを認め、尊重する事で、自分や相手の視野も、思考も広がります。
違う意見を持つ者同士、力を発揮し合ったり、助け合ったりと、人との交わりは楽しいものとなり、人生も豊かになるのです。

ありのまま認める×EFTセッション事例 ~離婚を回避したい その2~

ありのまま認める×EFTでは、問題を根本的に解決する為のセッションをするにあたり、クライアントさんの現状について少し時間をかけてヒアリングをします。

Rさんは、配偶者に対して様々な不満・怒り・苛立ち・悲しみといったものを抱いていました。

その中に

・配偶者は職場の飲み会や交流が多く、Rさんが蔑ろにされていると感じるような事が起きていた

・それで不安になったRさんは、我満出来なくなり、配偶者のスマートフォンを勝手に見てしまった
そこで、配偶者が知人に「Rに気持ちが全くない」と送っていたのを知ってしまった

と言う内容が出てきました。

この状態でRさんは、配偶者に離婚届を突き付けたのです。

よく考えたら、離婚話に発展してしまう可能性が大きいというのがわかるはずです。

なのに何故、Rさんは、配偶者から
「何、馬鹿な事やってんだよ、お前の事が大事だよ。離婚なんてしないよ。」
という言葉が引き出せると思っていたのでしょうか?
配偶者が本当に自分の事を愛しているのかどうかが確認出来ると思ったのでしょうか?

実は、Rさんに限らず「認めないオトナ」の状態にある場合、こういった事は、誰にでも起こり得るのです。

私も過去に経験したことが結構ありました・・。
折り合いはつけているものの、思い出すと、冷や汗が出ます。


さて。
何故、Rさんにこのような事が生じているのかを説明する前に、私・伊藤から、当ブログをお読みくださるあなたに質問があります。

配偶者に関わらず、親・恋人・友人、どなたでも良いです。

普段、あなたが「自分は、誰かに愛されている」と判断する際、何を基準に「自分は愛されている」と捉えていますか?

反対に「自分は、(誰かに)嫌われている」と判断する際、何を基準に「自分は嫌われている」と捉えていますか?

あなたにとって「愛する・愛される」とは、具体的にどういう事を指しますか?

色々と考えるけれど、「これだ!」という一つに絞るのは難しいと感じたかもしれません。


実は、「ありのまま認める×EFT」における
●「大人のありのまま」の「主体性」を育んだ状態で言う「愛する・愛される」
●「認めないオトナ」の「従属性・支配性」を育んだ状態で言う「愛する・愛される」
には、それぞれ明確な基準があるのです。

この基準でRさんの状態をチェックしてみると、Rさんは「認めないオトナ」の基準で「配偶者に愛される・愛されない」を判断していました。

セッション前のRさんにとって、「配偶者に愛される」というのは、
Rさんが内心、望んでいる事を配偶者に一切説明しなくても
配偶者が全てRさんの望みを察して
Rさんの望んだ通りに完璧に動くこと。
これを、配偶者がRさんと接している時間中、行うこと。

仮に、配偶者が腹の中で「Rに全く気持ちがない」と思っていたとしても、配偶者の動きが、Rさんにとって配偶者に愛されていると感じられるものであれば、Rさんの中では「私は、配偶者に愛されている(認めてもらえている)」と言う事が事実になります。

反対に、配偶者が心からRさんを愛していたとしても
Rさんが、配偶者から愛されていないと感じるのであれば
Rさんの中では、「私は、配偶者に愛されていない(認めてもらえていない)」と言う事が、事実になります。

以上の事から、Rさんが、配偶者に愛されているかどうかを試すために、離婚届を突き付けたら
「何、馬鹿な事やってんだよ、お前の事が大事だよ。離婚なんてしないよ」という言葉が引き出せる上に、自分は愛されているという確信を得られると思うのも当然ですし、まさかの離婚話に展開した事で、自分は愛されていないと感じて、不安になるのも当然なのです。

でも、ちょっと考えてみて頂きたいのです。

配偶者はエスパーではありません。

彼が、Rさんと接している時間中、常にRさんの望んだ事を完璧に察して、Rさんの思い描いた通りに動くなんて、無理に等しいのです。

これが無理である場合、Rさんに、どういうことが起きるでしょうか?

必然的に、配偶者から愛されていると感じる事が不足します。

結婚し、年月が経てば経つ程「愛が不足する」事が積み重なる為、Rさんの中では「私は、配偶者に愛されない」という状態が、Rさんの中で強くなっていくのです。

加えて、Rさんは、配偶者と付き合い始めた頃の事について「配偶者は強い愛情表現をしてくれていて、すごく愛されていると感じていた」と話していました。

「配偶者の強い愛情表現」が、Rさんの愛されていると感じる基準になのであれば、結婚して3年、4年と経過した時点で「配偶者愛が枯渇状態」になっていると言っても過言ではありません。


実際の所、Rさんがセッションをお受けになる頃には、配偶者の一挙一動を通じて、配偶者から
・お前(Rさん)のことをもう愛していない。
・お前と一緒に過ごしても楽しくない。
・お前とは仕方なく一緒にいる。
・お前のことが嫌いだ。
言われていると感じるようになっていたのです。

なので、Rさんは、この状態を配偶者から愛されていると感じる為に、今度はご自分が、配偶者の本心を一切聞かずに、配偶者の思いを察して、配偶者の望み通りに動こうとします。

私は、配偶者の事を考えて行動しているのだから、配偶者も私の事を考えて行動しろ!という「認めないオトナ」の愛情のギブアンドテイクをもって、配偶者に、Rさんの望んだ通りに動くように仕向ける事になります。

でも、先ほども述べた通り、配偶者がエスパーでないように、Rさんもエスパーではありません。

この対応の結果、配偶者に向かって
私がこんなに頑張っているのに、どうしてあなたはわかってくれないの?
本当に私の事が大事だったら、愛してくれているなら、何も言わなくても●●するのが当然でしょ?
と訴える事になるのです。

配偶者にとっては、Rさんの訴えは理解しがたいものです。

仮に配偶者も「認めないオトナ」の状態にあるとするならば、配偶者はRさんから「自分が何をやってもRから否定される」と感じるでしょうし、否定が積み重なった暁には「Rに気持ちがない」となるのも当然だと言えるのです。

Rさんが、「認めないオトナ」のまま、現状を何とかしようともがけばもがく程、お二人の関係は悪循環に陥ります。

この悪循環から抜ける為には、下記の【1】【2】が必要です。

【1】「誰かが自分の思い通りに動くことで、愛情を満たせる」
「誰かが自分の思い通りに動かなければ、愛情を満たせない」
という「自分の人生は、自分を満たせるのは、常に他人の動き次第」という状態を立て直す

【2】「自分で自分をありのまま認め満たす」事により、「大人のありのまま」の「主体性」を育み
自分で自分をありのまま認め、「自分の人生は、自分を満たせるのは、常に自分次第」とわかった上で、
配偶者に新しい視点・新しい思考・新しい対応で接する

ただし、この【1】【2】はセッション前のRさんにとって、口頭説明だけでは理解し難い内容です。

仮に頭でわかったつもりになっても、実生活に戻った際に使えないのであれば、Rさんは、「認めないオトナ」の状態のまま、これまでと変わらない対応を、配偶者に続けていく事になります。

Rさんが、今迄と同じ対応を続ければ続ける程、離婚回避は難しくなります。

実際の離婚を避ける為に、当方では、「大人のありのまま」と「主体性」を育む事にEFTの手法を掛け合わせ、Rさんが「わかる」「納得する」「実際に動ける」「立て直せる」を出来るようにするのです。